

大野拓未 (ジャングルシティ・ネットワーク株式会社 創設者・社長)
兵庫県神戸市に生まれ、オーストラリアでの高校留学を経て、1990年にシアトルへ。シアトル大学・大学院で経済学学士号・修士号を取得してから、約3年にわたって自転車部品会社でマーケット・リサーチ・アナリストとして勤務しました。自転車業界の流れを決める方々とのやり取りは慣れない私にとっては大変でしたが、その経験が今の私の基礎になっていると思います。そして、1998年5月に当社を設立して企業サイトの構築やメディア・コーディネーションの本業務を開始し、その約半年後の11月8日に、シアトル情報ポータルサイト 『Junglecity.com』 を公開しました。当時のシアトルは、映画 『Singles』 に描かれているような "垢抜けない田舎町" といった感じがまだたくさん残っていましたが、ダウンタウン・シアトルを中心に開発が進みはじめており、私自身の「人生はこれから」といった感じとシンクロしていたのです。そんなシアトルで、もっと楽しい時間を過ごしてもらいたい」という思いを 『Junglecity.com』 にこめて、さまざまな工夫を凝らして育ててきました。日本のプロ野球からシアトル・マリナーズに日本人選手が移籍したことで、シアトルの知名度が上がり、日本のお茶の間に「シアトル」という名前が浸透したことも、当社にとてもポジティブな影響をたくさん与えています。そして、20年近くにわたるシアトルとワシントン州での生活で培ってきた知識、そしてさまざまな人やビジネスとの強いネットワークが、そのまま弊社の業務に反映されていることは言うまでもありません。結果的に、たくさんの一般ユーザはもちろん、日本から来られるテレビや雑誌、ガイドブックの制作担当者の方々とのお仕事にも役立つようになりました。これから「好きな街で好きなことを仕事にする」という人生を、もっともっと楽しんでいきたいと思っています。
スタッフの日常生活をつづった 『ジャングル日誌』 もご覧ください。

尾崎なつみ
兵庫県生まれの千葉県育ち。大学時代を京都で過ごし、東京のメディア関連企業でウェブサイト構築プロジェクトに携わった後、2000年にシアトルにやって来ました。渡米前からお世話になっていた 『Junglecity.com』 を運営する当社で働きながら、ワシントン大学でデジタル・メディア・コミュニケーションの修士号を取得。これまでに培った経験を生かして、より良いウェブサイトを構築すべく、日々励んでいます。山好きな両親に連れられて毎年夏・冬を長野県開田村(現・木曽町)で過ごし、山がある風景を見ると落ち着く私にとって、四方に山を望むシアトルは最高の環境。休日はおいしいコーヒーを飲みながら本を読んだり、夫とハイキングやキャンプに出かけたりして、インドア&アウトドアの楽しみを満喫しています。

大橋亜希子
福岡県柳川市出身。田んぼ道をかけまわることが遊びの片田舎で育ちましたが、異文化交流好きの父の影響を受け高校1年の夏にオーストラリアのシドニーに短期ホームステイ。この体験から、「本格的に英語をマスターしたい!」と、高校卒業後の1998年にシアトルに留学し、シアトル・セントラル・コミュニティ・カレッジでインフォメーション・テクノロジーを専攻しました。卒業後は福岡へ戻り、マーケティングおよびウェブサイト構築を行うベンチャー企業に勤務。2004年に結婚を機にまたシアトルへ戻り、ジャングルシティに入社しました。23歳までまったくコーヒーが飲めなかったにもかかわらず、今ではコーヒーなしでは1日が始まらないというほどコーヒー好き。時間があればカフェでカプチーノとスイーツをいただきながらまったり過ごすことが好きで、カフェの街シアトルに住めることに幸せを感じています。日々成長する息子とともに、自分自身も成長していく努力をし、毎日を楽しく大切に生きたいと思っています。

麻子・グリノルズ
京都府京都市で生まれ育ち、1990年に留学のため渡米。ハワイ大学農学部食品化学科の修士号を取得後、日系飲料会社の原料買付け担当として5年間勤務しました。シアトルへは1997年に移住。2人の子供と夫の4人家族で、ハイキング、キャンプやスキーなど、シアトルのアウトドア・ライフをエンジョイしています。

千田久 (東京)
宮城県の港町育ちで野球が大好き。高校卒業後横浜の大学へ入学、バブル全盛でバイトとサークル活動に明け暮れる楽しい学生生活を送り、卒業後広告業界に入りました。2000年、念願のアメリカ留学で、当時横浜ベイスターズから佐々木投手がシアトル・マリナーズに移籍し、足しげくセーフコ・フィールドへ通い大魔神を応援すると同時にメジャーリーグ・ベースボールのすばらしさを知りました。そのシアトル滞在中に 『Junglecity.com』 と運命的な出会いを果たし、2001年に帰国後も 『Junglecity.com』 の日本窓口として活動中。現在は、地元のプロ野球チーム楽天イーグルスの応援に夢中です。

ローボック米倉美貴 (ニューオリンズ)
宮城県仙台市出身。都内の PR 会社とプロモーション会社での勤務を経て、2000年7月にルイジアナ州ニューオリンズへ移住。以後、市の公認ガイドとなり、観光ガイドやメディア・企業の現地コーディネーターとして多忙な日々を送りました。2004年12月にはデスティネーション・マネジメントの会社を設立し、ジャングルシティと提携してニューオリンズ発情報サイト 『ジャングルシティ・トラベル』 を立ち上げ、随時現地の情報をアップデートすることに。当サイトのプリントを持つ多くの観光客を町のあちこちで目にし、ますますやる気をみなぎらせていた頃、ハリケーン・カトリーナの襲来で被災し、シカゴに避難せざるを得ませんでした。被災後1年半ほどはハリケーン・ガイドとして体験記を執筆したり、当サイトに被災後のニューオリンズの状況をアップデートしたり、メディアや研究所などの視察のアテンドやコーディネートをしたりと、月に幾度となくニューオリンズへ通いました。現在はシカゴ市内で会社勤めをしていますが、今後もニューオリンズ愛好家として現地へエールを送り続けます。

扶美子・ラッシング (ニューオリンズ)
秋田県出身。住所に 『字』 が付く田舎で生まれ育ち、その反動で都会に憧れを抱き横浜に移り住み始めました。大手メーカーに就職が決まり順風満帆の日々を送っていましたが、今の夫との結婚を機にアメリカに移住することに。ハワイで旅行代理店・航空会社勤務を経験した後、1998年から夫の出身地であるニューオリンズに住んでいます。現在は時折ガイドをしながらスポーツ・バーの経営をしていますが、一番時間を費やしているのは息子のサッカーや野球、フットボールの試合観戦です。ニューオリンズに住んでいながら音楽には疎い方なので何か芸術的なものを身に付けられたらと思い、これから絵の勉強をする予定。2006年からたびたびニューオリンズ情報を提供し、2008年からはジャングルシティ・トラベルの更新と日誌を担当しています。